インパデッラという料理について

黒板

――フライパン一枚に宿る、イタリア料理の思想――


「インパデッラ(in padella)」
イタリア料理を少しでもかじったことがある人なら、一度は耳にしたことのある言葉かもしれません。

直訳すると「フライパンで」。
拍子抜けするほど、シンプルな言葉です。

けれどこの“インパデッラ”という調理法には、イタリア料理の本質が詰まっています。

技法ではなく、姿勢

インパデッラは特別なソースも、派手な演出も必要としません。
必要なのは、
・素材
・火
・タイミング
それだけ。

だからこそごまかしが効かない。

火を入れすぎれば硬くなる。
足りなければ香りが立たない。
塩の一振り、油の量、返す一瞬の判断。
すべてが結果に直結します。

インパデッラは「料理人の技術を誇示する料理」ではありません。
素材と真っ向から向き合う料理です。

なぜ白子をインパデッラにするのか

白子という食材は、日本では鍋や天ぷら、蒸し物で親しまれてきました。
けれどフライパンで焼く――
それも強すぎない火で、丁寧に。

表面にだけ軽く焼き色をつけ、
中はとろりと、溶ける寸前で止める。

インパデッラだからこそ引き出せる、
白子本来の甘み、ミルキーさ、そして香ばしさがあります。

余計なものは足さない。
ソースで覆い隠さない。
「美味しい瞬間」を逃さず皿に移す。

それだけ。

シンプルは、難しい

インパデッラは、派手ではありません。
写真映えもしにくいかもしれない。

でも、だからこそ料理人の経験が出る。

どこまで火を入れるか。
どこで止めるか。
一皿ごとに、毎回判断が求められる。

その緊張感こそが、カウンターで味わってほしい理由でもあります。

フライパンの向こう側

キザブロのカウンターは、
料理が完成するまでの“過程”がすべて見える場所です。

インパデッラの一皿は、
シェフが素材と静かに向き合い、
一瞬一瞬を積み重ねた結果。

派手な言葉はいりません。
一口食べて、
「あ、これだ」と感じてもらえたら、それでいい。

インパデッラは、
料理人の覚悟がそのまま皿に乗る料理。

今日の一皿も、
フライパン一枚から始まっています。