アマトリチャーナという料理
――赤いソースの向こうにある、山の記憶――
トマトソースのパスタ、と聞いて
多くの人が思い浮かべるのは、軽やかで親しみやすい一皿かもしれません。
けれど、アマトリチャーナは少し違う。
赤い。
けれど軽くはない。
むしろ、力強い。
山から生まれた料理
アマトリチャーナの故郷は、ローマではなく
その北東に位置する山あいの町、アマトリーチェ。
羊飼いたちが暮らす土地で、
長期保存できる食材が重宝された。
グアンチャーレ(豚の頬肉の塩漬け)
チーズは羊の乳から作るペコリーノ
そして、トマト。
寒暖差のある土地で、
身体を温め、腹を満たすための料理だった。
本質は「脂」と「塩」
アマトリチャーナは、トマトの料理ではない。
本質は、脂と塩。
グアンチャーレの脂がゆっくりと溶け出し、
そこにトマトの酸が重なる。
ペコリーノの塩味が全体を引き締め、
最後に唐辛子が輪郭を与える。
足し算ではなく、
引き算の料理。
どれか一つが前に出過ぎた瞬間、
アマトリチャーナではなくなる。
なぜ、キザブロでアマトリチャーナなのか
シンプルだからこそ、
ごまかしが効かない。
火の入れ方
脂の出し方
トマトを入れるタイミング
チーズを合わせる一瞬
すべてが、その日の一皿を決める。
派手さはない。
でも、嘘もない。
キザブロのカウンターで提供する意味が、
この料理にはある。
赤いソースの奥行き
一口目は、わかりやすい。
二口目で、脂の甘みを感じる。
食べ進めるほどに、塩と酸のバランスが見えてくる。
気づけば、無言でフォークを動かしている。
それでいい。
アマトリチャーナは、
語らせる料理ではなく、
黙らせる料理だから。
今日のアマトリチャーナも
今日の一皿も、
特別なことはしていない。
良い素材を、
良い火で、
良いところで止める。
それだけ。
赤いソースの向こう側にあるのは、
山の暮らしと、
料理人の判断。
キザブロのアマトリチャーナは、
静かに、そこにあります。

キザブロのアマトリチャーナについて
キザブロのアマトリチャーナは、
いわゆる「本場そのまま」ではありません。
グアンチャーレの代わりに使うのは、
自家製のベーコン。
狙いは脂の主張ではなく、玉ねぎの甘さを引き上げること。
じっくり火を入れた玉ねぎの甘みを、
燻香と旨みで下支えするためのベーコンです。
トマトは、ハイブリクスの裏漉し。
酸味を立てるためではなく、
ソースに“密度”を持たせるために使います。
そして、にんにく。
本場では入れない、いわば邪道。
けれど、キザブロでは青森のにんにくを使います。
それは、にんにくの香りを出すためではありません。
低温でじっくり火を通し、
匂いを残さず、味の奥行きだけを加える。
にんにくが前に出ることはない。
けれど、入れないと成立しない。
結果として仕上がるのは、
甘さがあり、深く、そして輪郭のはっきりしたアマトリチャーナ。
正統かどうかではなく、
今、この店で美味しいかどうか。
キザブロのアマトリチャーナは、
そうやって形を決めています。
